イギリス生活おもしろ発見!

トップページ | おもしろ発見 | 観光地ご紹介 | 便利情報 | リンク集 | プロフィール

自己紹介: 住んでいる街 Newcastle

 

イギリス ニューキャッスル Newcastle


1.位置と気候

ニューキャッスル地図

この街”Newcastle”は北緯55度に位置し、日本で言うならば樺太北端とほぼ同緯度にあります。

緯度が高いため、とても寒い街と思われがちですが、メキシコ暖流の影響で気候は温暖で、高い山がないために大雪も降りませんので、たいへん過ごしやすい地域です。

ロンドンから北へ約400km離れているため、日本で言うと東京から約400km離れた仙台のような位置関係で、山・川・海の自然に恵まれた美しい田舎町です。

郊外の牧草地には「人口よりも多い」といわれている羊が放牧され、時間がゆっくり過ぎるようなのんびりとした景色が広がっています。

↓

2.街並み

また、歴史的に武力・宗教など数多くの戦争が繰り広げられた国であるため、各地にお城や大聖堂なども残り、美しい中世の面影も残っています。

そもそもは、1080年にノルマン人によって新しい城(Newcastle)が建設されたのがこの街の名の由来ですが、その城も現在ではその一部が街中に遺跡として残っているだけです。


郊外の、のんびり風景

うちの近所の風景

街のシンボル「タインブリッジ」



3.産業

13世紀〜14世紀には「石うす」「羊毛」「石炭輸出」などによって繁栄しました。15世紀になると石炭積み出し用の造船技術が発達し、さらにこの地の発明王「アームストロング」によって開発された「アームストロング砲」は驚異的な技術であり、各国からの発注を受けました。その結果、この街は戦艦造船でも有名となり、多くの国の戦艦を進水させました。

4.日本との意外な関係

実はこの街は、歴史的のも日本との関係が深く、その高い造船技術の魅力から歴史的な日本の要人がこの地を訪問しています。

 1862年 福沢諭吉幕府使節団が訪問。炭工業・重工業視察
 1872年 岩倉具視明治新政府使節団訪問。石炭と大砲、造船業視察
 1885年 防衛巡洋艦、浪速艦、高千穂ほか、Newcastle地区で10隻以上の日本戦艦建造。
 1911年 東郷元帥訪問

現代の飛行機でさえも11時間かかる、遠方のこの地に当時訪問する事はたいへん危険を伴う ものであったと思います。その危険を冒す以上の魅力があったということでしょう。

Newcastle地区で建造された日本の主要軍艦は以下の通りです。

軍艦名種別排水量進水
浪速艦防護巡洋艦3700トン1885年3月
高千穂防護巡洋艦3700トン1885年5月
吉野防護巡洋艦4180トン1892年12月
龍田駆逐艦920トン1894年4月
八島戦艦12330トン1896年2月
高砂防護巡洋艦4160トン1897年5月
浅間装甲巡洋艦9700トン1898年3月
常磐装甲巡洋艦9700トン1898年7月
初瀬戦艦14967トン1899年6月
出雲装甲巡洋艦9733トン1899年9月
磐手装甲巡洋艦9733トン1900年3月
鹿島戦艦16400トン1905年3月

こんなに多くの日本の軍艦がこの街で造られていたとは驚きです!

戦艦三笠戦艦三笠 出展:ウィキペディア百科事典

なお、横須賀市にはなじみが深い戦艦「三笠」もイングランド北西部の造船所(バローインファーネス)にて 造船後、ニューキャッスルで造られたアームストロング砲を搭載しています。

横須賀三笠公園に行った時にはもう一度「三笠」の案内板を見てあげてください。「イギリス製」と書いてありますので・・・



5.現在の街

現在は炭鉱、造船業はほとんど残っていませんが、日本出資の会社の進出により、製造業を中心に産業が 発達している街です。

サッカー好きの方はご存知と思いますが、この街はプレミアリーグ"Newcastle United"の本拠地で、 街には大きなサッカースタジアムがあります。

Copyright (C) 2006 UK omoshiro.com All rights reserved.